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東京高等裁判所 平成5年(行ケ)40号 判決

京都府長岡京市天神2丁目26番10号

原告

株式会社村田製作所

代表者代表取締役

村田昭

訴訟代理人弁理士

江口俊夫

東京都千代田区霞が関三丁目4番3号

被告

特許庁長官

麻生渡

指定代理人

飯山茂

涌井幸一

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、同庁昭和59年審判第19851号事件について、平成5年1月27日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和56年10月26日、別添審決書写し別紙記載の構成からなる商標(以下「本願商標」という。)につき、指定商品を平成3年政令第299号による改正前の商標法施行令別表第11類「電気通信機械器具の部品」とし、登録第819642号商標、本願商標と同時に出願した商標登録出願(4)(商願昭56-90041号)に係る商標及び同商標登録出願(5)(商願昭56-90042号)に係る商標の連合商標として、商標登録出願をした(同年商標登録願第90040号)が、昭和59年8月25日に拒絶査定を受けたので、同年10月26日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は同請求を、同年審判第19851号事件として審理したうえ、平成5年1月27日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年3月11日、原告に送達された。

2  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、「HIC」の文字は、本願出願日前から、「Hybrid Integrated Circuit」の略語として、「ハイブリッドIC」を意味するものとして使用されていたものであり、「ハイブリッドIC」が「混成集積回路」を意味する語であることは、その摘示する各刊行物により認められるとし、本願商標の「HIC」の文字は、通常より肉太の文字で書かれているとしても、この程度の態様は普通に用いられる方法で表示されたものというべきであるから、本願商標をその指定商品に使用するときは、あたかもその商品が「混成集積回路」であるかのように、商品の品質について誤認を生ずるおそれがあるものであり、本願商標は商標法4条1項16号に該当し、商標登録を受けることができないと判断した。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決摘示の各刊行物に審決認定の記載があることは認めるが、審決は、本願商標の「HIC」の文字が「混成集積回路」を意味する略語であると誤認し、その結果、誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  特許庁は、前記登録第819642号商標(「HIC」のローマ文字からなる商標)の登録無効審判事件(昭和49年審判第4338号)につき、昭和52年7月14日、当該無効審判の請求は成り立たないとの審決(以下「別件審決」という。)をし、次のように述べた。

「本件商標は、その構成上記のとおり、『HIC』の欧文字をゴシツク書体にて、同書、同大、同間隔をもつて左横書きして成るものであるから、これは一連に『エイチアイシー』または『ヒツク』と称呼される造語と認められるばかりでなく、これを、たとえば『H』と『IC』とに分離して観察しなければならない事由を存するものと認め難いところである。しかも、請求人は、本件商標を構成する『HIC』の文字が、本件商標の指定商品について、その商品の品質等を表示するためのものとして、商取引上普通に使用されている証左を示すところがない。してみれば、本件商標は、これをその指定商品について使用するとき、需要者が被請求人の業務に係る商品であることを認識することができる商標であるといわざるを得ないばかりでなく、その商品の品質について誤認を生ずるおそれがある商標ということはできない。」(甲第2号証2頁表13行~同頁裏10行)

本件審決は、この別件審決の認定判断と全く異なった認定判断をしており、同一の機関が、同一の事案に相反する認定判断をすることは許されず、別件審決の述べるとおり、『HIC』よりなる商標が自他商品の識別力を有することは明らかである。

原告は、一部上場の著名企業で、セラミック・コンデンサの技術及び生産高ではわが国の首位を占めている。本願商標は、そのような原告によって20年間使用されてきたものであり、「HIC」といえば、原告の商品の識別商標として認識されている。

なお、商品の品質表示のイニシャルを三個組み合わせて登録が認められた事例は、IBM、ICI、NEC、AMC、AMF、BMW、JNR、JRRなど、多数存在している。

2  本件審決は、その摘示する少数の刊行物に、「HIC」が混成集積回路を意味するものとして掲載されていることをもって、その根拠としているが、混成集積回路の普通名称は、「ハイブリッドIC」又は「HIBRID IC」であり、「HIC」ではない。

このことは、例えば、「入門ICセミナー」(CQ出版社発行、甲第6号証の1・2)、「ハイブリッド回路技術と材料」(株式会社シーエムシー発行、甲第7号証の1・2)、「ハイブリッド実装技術」(工業調査会発行、甲第8号証の1・2)、「はじめて学ぶICとIC回路」(技術評論社発行、甲第9号証の1・2)、「誰にでもわかるICとLSI」(日本実業出版社発行、甲第10号証の1・2)、「メカトロニクス実用便覧」(株式会社技術調査会発行、甲第11号証の1・2)、「電気学入門基本18章」(株式会社電波新聞社発行、甲第12号証の1・2)の記載から明らかである。また、「電子材料」、「トランジスタ技術」、「HYBRID」、「電子技術」、「表面実装技術」、「電波新聞」等の電子工学関係の雑誌新聞の広告にも、「混成集積回路」は「ハイブリッドIC」と呼ばれている。

「HIC」は、原告が長い年月をかけて著名にした登録商標であり、原告は、登録商標の希釈化を防止するため、電波新聞等に「HIC」が原告の登録商標である旨の広告を行う一方、「HIC」を混成集積回路を意味するものとして表示した広告またはカタログの発行者に対して、その商標権侵害行為の中止を求める書簡を発送して警告している。

本件審決は、登録商標である「AUREOMYSIN」、「セロテープ」及び「味の素」などが、著名なゆえに普通名詞と誤って扱われた例と同様の誤りを犯しているものである。

第4  被告の反論

審決の認定判断は相当であり、原告主張の審決取消事由は理由がない。

1  別件審決は、本件審決時より約24年も以前の昭和44年6月4日に登録された登録第819642号商標の登録無効審判事件に係るもので、別件審決と本件審決とは、判断の基準時を著しく異にするものであるから、本件審決の妥当性を判断する参考とはならない。また、当時既に、本件審決と同旨の理由をもって、「HIC」からなる商標の登録無効審判が請求されたということは、当該商標の識別力の弱さを物語るものである。

そして、別件審決は、原告が引用するように、商取引上「HIC」の文字が混成集積回路を意味し、当該商標の指定商品の品質等を表示するものであるということを示す証拠がないとして、登録無効の請求を認めなかったものであり、本件審決とは判断の基礎となる事実関係をも異にしている。

原告のした警告は、原告の有する登録第819642号商標権に基づくものであり、本願商標は上記登録商標と連合商標として出願されているとしても、独自に登録要件を必要とし、その判断基準時は本件査定又は審決時である。

2  現在においては、「HIC」の文字が「Hybrid Integrated Circuit」の略語で、「ハイブリッドIC」、すなわち「混成集積回路」を意味するものとして、電気機器等を取扱う業界においては一般的に使用されており、そのような意味をもっものとして新聞雑誌等に掲載され使用されている(乙1号証~第3号証)。審決の摘示例は一例にすぎない。また、同業界においては、LSI、CPU、RAMなどのようにローマ字三字がある種の略語を表わすものとして普通に使用されており、本願商標もこれらの略語と同様に認識し理解されるものである。

したがって、本願商標は特定の者の商品の出所を表わすものとはいえず、これを本願商標の指定商品に使用するときは、その取引者、需要者をして、あたかもその商品が混成集積回路であるかの如く、商品の品質について誤認を生ずるおそれがあるものといわなければならない。

第5  証拠関係

本件記録中の書証目録の記載を引用する(書証の成立については、当事者間に争いはない。)。

第6  当裁判所の判断

1  本願商標は、別添審決書写しの別紙記載のとおり、「HIC」との欧文字を、黒く肉太な右上から左下にやや傾斜した字体で、同大、同間隔に左横書きにした構成からなるものであり、審決の認定するとおり、その文字の態様は、一般に使用されている文字の態様の域を出るものではないと認められる。

2  そこで、「HIC」の文字が、「混成集積回路」を意味する語として、取引者、需要者に受け取られるものかどうかにつき判断する。

審決摘示の各刊行物に、「HIC」が、「Hybrid Integrated Circuit」の略語である旨が記載されていること、「Hybrid Integrated Circuit」の語は、「混成集積回路」と訳され、「ハイブリッドIC」又は「混成IC」とも称されており、「厚膜ハイブリッドI.C」が「厚膜H.I.C.」と、「厚膜混成IC」が「厚膜HIC」と表示されている例があることは、当事者間に争いがない。

また、乙第3号証によれば、「ビジネスマンのための欧文略語情報辞典」(日刊工業新聞社昭和60年6月30日発行)には、「HIC」が「Hybrid Integrated CircuitハイブリッドIC」の略語として記載されていること、乙第1号証の1ないし7によれば、「Electronic Parts Catalog’92」(社団法人日本電子機械工業会部品部平成3年10月1日発行)には、各社の各種電子製品が挙げられているが、その中に、「カスタムアレー・H.I.C.」「Custom H.I.C. & Resistor Networks」「アルミナ基板や有機基板を使用し、面実装部品を搭載して完成するH.I.C」(福島双羽電機株式会社)、「HIC HYBRID IC」(日本インター株式会社)、「スイッチング電源用HIC」(新電元工業株式会社)、「HIC設計」(富士電機株式会社)、「TOCOS HIC」(東京コスモス電機株式会社)として、「HIC」又は「H.I.C.」が、当然に混成集積回路を示す語として記載されていること、乙第2号証の1ないし3によれば、「月刊Semiconductor World臨時増刊号’86~’87ハイブリッドテクノロジー」(株式会社プレスジャーナル昭和61年9月16日発行)の「ハイブリッドIC プリント配線板関連メーカーおよび商社一覧 ダイレクトリー編」には、各社の代表製品例の中に、「ハイブリッドIC」を示すものとして「HIC」が多数記載されていることが認められる。

以上認定の事実からすると、「HIC」の文字が「Hybrid Integrated Circuit」の各頭文字からなる略語であり、「混成集積回路」を示す語として、現時点では、広く当該業界において認識され、使用されているものと認めることができる。

3  原告は、原告の有する登録第819642号商標の「HIC」の文字が著名であるために、これが普通名詞のように使用されていると主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。

むしろ、電子工学やコンピュータなどの分野においては、「大規模集積回路(Large Scale Integration)」が「LSI」と、中央処理装置(Central Processing Unit)」が「CPU」と、「読み出し専用メモリー(Read Only Memory)」が「ROM」と、「集積回路(Integrated Circuit)」が「IC」と一般に表示されている例が示すように、外国語による表記の頭文字を取った略語が使用され、それがその物品を表わすものとして普通に使用されていることは、乙第4号証によって認められる「情報・知識 imidas 1992」(株式会社集英社1992年1月1日発行)の記載に照らしても明らかであることからすれば、「集積回路」の一種である「混成集積回路」が、その英語表記である「Hybrid Integrated Circuit」の頭文字をとって、「HIC」と表示されることは、極めて自然のことであると認められる。すなわち、「HIC」は、それが「混成集積回路」の英語表記の頭文字をとった略語であり、これを表示するものにすぎないから、原告が上記登録商標を有するにかかわらず、自然に普通名詞のように使用されるに至ったものと認められる。したがって、原告が上記登録商標を有することは、上記認定の妨げとはならない。

原告は、また、甲第6ないし甲第12号証によって認められる伝田精一著「入門ICセミナー」、英一太著「ハイブリッド回路技術と材料」その他の文献の記載を挙げて、「混成集積回路」の普通名称は、「ハイブリッドIC」又は「HIBRID IC」であり、「HIC」ではないと主張するが、ある物品をその普通名称で表示するか、その略語で表示するかは、その記述者の自由であり、これらの文献に「HIC」の略語が使用されていないことをもって、一般に使用されていないことの根拠とすることはできない。

3  特許庁が、原告の有する前記登録第819642号商標(「HIC」のローマ文字からなる商標)の登録無効審判事件(昭和49年審判第4338号)につき、原告引用の理由により、当該無効審判の請求は成り立たないとの審決をしたことは、当事者間に争いがない。

そして、甲第2号証によれば、当該商標は、昭和41年12月30日に出願され、昭和44年6月4日に登録されたものであって、別件審決は、「HIC」の文字が、アルファベットの文字である「H」と集積回路の略語として普通使用されている「IC」の文字を結合しているものにすぎないということを前提とする商標法3条1項6号及び4条1項16号該当の登録無効事由の主張に対して、「H」と「IC」とを分離して観察しなければならない事由は存しないこと、「HIC」の文字が、当該商標の指定商品について、その商品の品質等を表示するものとして普通に使用されている証左を示すところがないとの理由により登録を無効としなかったものであることが認められる。

しかし、本願商標の登録要件の存否は、拒絶査定に対する不服の審判についての本件審決時を基準として判断するべきであって、前記登録商標の査定時から、少なくとも23年余の時日が経過し、その間の電子技術業界の著しい進展、これに伴う多くの技術用語の出現及び定着は当裁判所にとって顕著な事実であることに照せば、別件審決の判断内容は本件審決の妥当性を判断するに当たって、参酌するに由ないものといわなければならない。

4  以上説示のとおり、本件審決時には、「HIC]の文字は、「Hybrid Integrated Circuit」の頭文字をとった略語として、「混成集積回路」を示すものとして当該業界において普通に使用されるに至っており、取引者、需要者もそのような意味を表す語として受け取るものと認められるから、本願商標をその指定商品である「電気通信機械器具の部品」について使用すると、世人をしてその商品が「混成集積回路」であるかのように品質を誤認させるおそれがあるといわなければならない。

したがって、本願商標は商標法4条1項16号に該当し、商標登録はできないとした審決の判断は正当であり、審決に原告主張の違法はない。

4  よって、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 山下和明 裁判官 木本洋子)

昭和59年審判第19851号

審決

京都府長岡京市天神2丁目26番10号

請求人 株式会社村田製作所

昭和56年 商標登録願 第90040号拒絶査定に対する審判事件について、次のとおり審決する.

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

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